「金持ち論争」なるジャンルの
仁義なき舌戦が、いつの時代も
至る所で繰り広げられています。
例えば、
「あの人お金持ってから変わったよね」
「お金が人を狂わせる」
みたいな文句って、
結構当たり前に聞いたことがありますよね。
もちろんこれがただの
「なんの意味もない妬み」
であることも多いのですが、
一方で
いや、そういう話の例って実在するし、
実際にお金って人を狂わせるんじゃないかな、
やっぱり皆悪いことしてるんじゃないかな、
っていう疑問って、
ごく当たり前に思うことがあります。
そう思うと、
反◯クやフェ◯ニストのような、
理屈が通じない感情論と同列に扱って片付けるのも、
何だか違うような気がしてきます。
でも、
僕の周りにいる起業家は、
どう考えてもいい人だし、
億万長者のサッカー選手とかも、
みんなどうみても善良だしなぁ・・・
というふうに考えていって混乱し、
この論争の着地点がわからなくなる、
という方も多いのではないでしょうか。
今日はこの論争に
終止符を打ちたいと思います。

まず結論です。
お金持ちは最高だからあなたはなるべく早く、遠慮なく大金持ちになろう
ということです。
以上です。
お金は「拡張機能」でしかない
お金が人を変えるのではありません。
お金は人の価値観や性格の拡張機能
でしかないからです。
したがって、
元々性格の良い人がお金持ちになれば良いことに使うし、
元々性格の悪い奴がお金持ちになれば悪いことに使う
というだけのシンプルな話です。
言い換えれば、
お金とは単なるパワーである
という言い方ができます。
どの筋肉のパワーを鍛えるかで
得られる形や効果が違うように、
パワー自体ではなくその原形が本質なのです。
※ちなみに「パワーを得たい」
と言うのは根源的な人間の欲求なので
「自分は別にお金欲しくないです」って
いうのは、「ご飯は一生いりません」とか、
「別に自分はモテなくていいです」くらい自分を誤魔化した嘘です。
読者を幸せにしたがる情報発信者が
お金持ちになったら、
幸せにするメディアのパワーが増します。
人を騙してお金を集めたい人が
お金持ちになったら、
人を騙す詐欺組織のパワーが増します。
めちゃくちゃモテる人が
お金持ちになったら、
さらにモテるデートをするパワーが増します。
元々コンプレックスだらけの人が
お金持ちになったら、
承認欲求で豪遊をするコンプレックスのパワーが増します。
元々ストイックに鍛えているアスリートが
お金持ちになったら
良いトレーナーや環境に投資してアスリートパワーが増します。
誰かを本気で応援しているファンの人が
お金持ちになったら
推しに落とすお金が増えてファンパワーが増します。
これで話は終わりです。
マジで、たったこれだけです。
お金は、その人の価値観や性格の拡張機能なのです。
「お金が人を狂わせる」
「お金が人を狂わせる」
と言う人は、
「どうもこんにちは。狂人です。」
と自己紹介をしているようなものです。
その方程式の途中式を書くと以下です。
=お金が人を狂わせます。
=お金はその人の価値観や性格の拡張装置です。
=お金を持つと、狂ったことがたくさんできます。
=お金を持っていない人は狂ったことができません。
=お金が人を狂わせると主張する貧困層は、パワーや選択肢がないから何もしていない狂人です。
=お金持ちを悪く言う人は、全員狂人か悪意のある人です。
=そんな奴とは、関わってはいけませんし、耳を貸す価値もないです。
となります。(Q.E.D.)
だから
「お金を持ってからあの人変わったよね」
という因果関係は構造として成立し得ないのです。
イタリア名門サッカークラブのある名選手は、
何億ユーロ稼いでも必ず寄付をするそうです。
彼らはどんな大金を得ても、
毎日次のゲームに勝利して
チームに貢献するため、サポーターを喜ばせるために
誠実にトレーニングを積んでいます。
多分そういう人は
貧乏でもサッカーと寄付をするでしょう。
お金はパワーであって、
目的ではないのです。
「お金を持ってからあの人変わったよね」
と言う理論を展開する方が定義する
「変わった」は、おそらく「悪くなった」的な意味でしょう。
そういうふうに世界を見ているから、
パワー=悪いことになるのです。
それがその人の原型であり、本質です。
・・・
「どうもこんにちは、悪い人です」
と自己紹介している人がいたら、
いますぐすべてを投げ出して、
大急ぎで逃げることを強くオススメします。
「悪い人」がパワー(お金)
を持っていなかったことに、
心から感謝を持ちながら。
「金の切れ目が,◯の切れ目」
とか、そういう世界の見方の極みみたいな言葉です。
(みなさん思い浮かぶでしょうから、◯にさせていただきました。
正直文字に起こすのもおぞましい言葉で、タイピングできませんでした。
僕は周りの方々との「御縁に感謝」する生き方をしたいです。)
みんなこんな感じで、
自分の醜いところ、弱いところを
お金のせいにして自分を正当化する人は近づいてはいけません。
「他責の極み」なので
関わってもマジでいいことないです。
小金持ちになって、実際どう?
僕は情報発信ビジネスと
金融投資を組み合わせた資産計画を実行し、
アラサーの段階で昨年に金融資産1億円を達成しました。
これは、起業家としては遅いですが、
僕のペースで頑張ればいいと思っているので、
まぁ気にしていません。
一方で、起業をしていない人
を含む世間一般的に30代前半で
金融資産1億は、相当早い方だと思います。
以上のことから、
自分を相対的に
「小金持ち」とカテゴリーするとして、
「金持ちになって、悪くなったこと」
と言えば
・・・
僕は1つも思いつきません。ただの1つもです。
僕は若手の頃、
一般よりはるかに貧乏生活も経験していますが、
今より貧乏だった時の方が
よかったことなんてマジで1つもありません。
自分を幸せにする選択肢が増えて、
パートナーを幸せにする選択肢が増えて、
身近な人を幸せにする選択肢が増えたからです。
そうするとどんどん
もっと幸せを生むアイデアが湧いてきます。
余裕があると、アイデアが湧いてきやすくなるのです。
だから、選択肢が減っていいことなんかありません。
あと、
例えばコンプレックスは僕にもありますが、
お金の自由があることで自分のために時間を使えるので
自分を磨いて自信を深める
という行為に投資をすることができます。
そういう意味では、
お金を承認欲求ではなく
自己投資として使えば、
お金持ちはコンプレックスもなくなっていく、
かは分からないけど、少なくとも次元は上がっていきます。
僕はお金持ちになって本当に良かったし、
お金持ちはとってもいいものだし、
これからもよりお金持ちになっていきたいです。
そういえば本屋大賞の作品が、このテーマをグサグサ描いていた
ちょっと前に、
凪良ゆうさんの
「汝、星のごとく」
という作品を拝読しました。
・・・
ほんっっっっっっとーーーーーーーうに
美しいお話でした。
最後のシーンの美しさ。
思い出しただけで胸がキュッとなる。
心に残るコンテンツでした。
大切なパートナーを、
もっと大切に、愛そう。
そう思わせてくださいました。
以前メルマガかどっかで、
こちらの作品も推したことがありましたが、
本屋大賞は本当に信頼しまくっている賞です。
リスペクトしまくり。
僕の「汝、星のごとく」には
もう付箋が数え切れないくらい
貼ってあるのですが、
今回のテーマに関連する記述も多かったんですよね。
続編の
「風を編む」
には特にそういうテーマが描かれています。
例えば、
わたしは仕事をしていて、それなりに蓄えもある。もちろんお金で買えないものはある。でもお金があるから自由でいられることもある。たとえば誰かに依存しなくていい。いやいや誰かに従わなくていい。それはすごく大事なことだと思う。
「汝、星のごとく」より
若者には無限の未来があるというけれど、現実にはそれぞれ『制限された未来』からしか選べない。裕福な家、貧しい家、才能のある者、ない者など。ぼくの手持ちカードは常に不足していて、それでも、その中から最良のカードを選んだと自分を納得させている。
続編「風を編む」より
「大学を卒業したら家事手伝いをして、きりのいいところで親の決めた相手と結婚するなんていやです。わたしは就職して、自分でお金を稼いで、好きな人と生きていきたい。でも父の庇護下にいる限りは無理です。だから自活できる経済力を持たなくちゃ。」
続編「風を編む」より
大学を卒業したあと、ぼくは就職するべきだった。なのに借金を返済している両親を助けもせず、大学院に進み、金にならないどころか、さらに奨学金という名の借金を増やし続けた。学ぶことは、ぼくにとって罪悪感と切り離せないものだった。勉強がしたいと願うたびに、自分は親不孝者だという自責の念に駆られた。
続編「風を編む」より
「いかに自分らしく生きたか。最後に残るのはそれだけよ」
続編「風を編む」より
若い時間の多くを親のケアに使ったわたしは、良い親の条件のひとつは、少なくとも自立したひとりの人間であることと言い切れる。親に限らず、人との関わり合い全般に言える。精神的にも経済的にもひとりで立てるからこそ、大事な人が転びそうな時に支えることができるのだ。
続編「風を編む」より
「汝、星のごとく」の方が
個人的には純粋な文学的な
カタルシスが大きかったです。
主人公たちのピュアな関係性に
フォーカスがバッツリ当てられていて、
単純に芸術作品として泣けすぎました。
続編は、
「この世界を現実的に生きているとブッ刺さる視点」
に溢れていて、もう凪良さんの視座にひたすら脱帽でした。
繰り返しになりますが、
本当に素晴らしい読書体験だった。
あなたの感想もぜひ聞きたい。
引用部から読み取れるように、
「人生の本質と、経済的制約の矛盾でねじれた関係性」
をこの作品は見事に描写しています。
制約があまりに大きすぎて、
人生の本質そのものを見失っていく、
その様子がリアルに描かれていました。
まぁ僕からすれば、
「コンテンツ販売を勉強してとりあえず経済的制約から自由になれば?」
と言いたくなるのですが、この作品ではそうもいきません。
でも、間違いない。
「いかに自分らしく生きたか。最後に残るのはそれだけ」
であり、
なるべくそれを後悔せず形にしていくために、
僕たちはできるだけ早く「選択肢の制限」をなくしていくべきだ。
力なき愛は、無力である。
ガンジーの言葉です。
どれだけ崇高なこと思ってても、言ってても、
「力=現代ならお金」
がなければ、世界に影響できません。
あなたは力を得たら何を実現していきたいですか?
それを考えて出た答えが、
もしかしたら本質なのかもしれない。
そんなことも考えられないくらい
目の前の生活にギリギリで、
何も浮かんでこないなら、
とっても言い方が悪いけどそれは人間の暮らしではない、と僕は思う。
いかに自分らしく生きたか。
最後に残るのはそれだけ。
僕は、大切な人との幸せな思い出だけに囲まれて死にたいぜ。
だから、
選択肢を増やし続けるという
僕の方向性を、確信している。
お金持ち、最高!コンテンツ販売、最高!
「お金を持ったら最高だな」
と思う人は、根が最高なので、
お金持ちになりましょう!
狂人や悪い人の言うことに耳を貸して、
マインドブロックを作っている時間が
極めてもったいないです。
「あの人お金持ってから変わったよね」
「お金が人を狂わせる」
「お金の切れ目が◯の切れ目」
・・・
クソ食らえ!!!!
「お金持ち、最高!」
「早くもっといっぱい稼ぎたい!」
「お金があったら、この御縁をもっともっと豊かにしたい♡」
の世界を生きる方がいいに決まっている。
ビジネスで成果を出す脳の仕組みづくりとして、
「お金=幸福」
というシナプスを限りなく太くする、というのがあります。
「稼ぐ」って言葉を発すると、
ドーパミンじゃなくてセロトニンが
出るように脳をセッティングするのです。
こうなるとマジで自分と統合して
ガンガン作業が進んでいきます。
具体的な脳セッティングのノウハウとしては、
読者さんや顧客のために
誠心誠意貢献しようと心から思うことです。
人の役に立つというのは、
脳の仕組み的にとても幸せなことなので、
お金=セロトニンにどんどん繋がっていきます。
・・・
最近、ある事件から情報商材界隈を
「情弱の人を騙して不幸にする」
的に叩いて攻撃している人がいます。
僕は大変驚きました。
「え、、、僕本気で顧客の幸福のためにコンテンツ作ってきたんだけど・・・僕、人を騙してるの???笑」
早稲田まで行って、
情弱になって騙されてる僕、
なんなん。笑
=情報商材は情弱の人を騙して不幸にします。
=情報商材を売ると、不幸にすることがたくさんできます。
=情報商材はその人の価値観や性格の拡張装置です。
=情報商材を持ってないと人は騙すことができません。
=情報商材が情弱を騙すと主張する貧困層は、パワーや選択肢がないから何をしても情弱を騙す機会を探しています。
=コンテンツ販売者を悪く言う人は、全員情弱を騙して不幸にしようとする人です。
=そんな奴とは、関わってはいけませんし、耳を貸す価値もないです。
・・・
ちなみにその方はなんと、
悪用厳禁の炎上メソッドに関する情報商材を販売
しておりました。
・・・
恐ろしいことです。
きっと、情弱を騙して不幸にしようとしているのでしょう。
こんなに美しいブーメランを、
僕は未だかつて見たことがありません。
お金も情報商材も本質は一緒です。
自分の価値観を拡張するパワーです。
「コンテンツ販売、最高!」
「コンテンツ販売でいっぱい稼ぎたい!」
「こんなコンテンツあったら、この御縁をもっともっと豊かにできる♡」
幸福な世界を生きるか、
悪意のある世界を生きるかで、
すべてが逆の解釈になります。
「いかに自分らしく生きたか。最後に残るのはそれだけ」
もしあなたの原型が”最高”なら、
何をやったって最高になります。
どんどんパワーを持って、もっと最高になりましょう。
いつも、ありがとうございます。
